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2013年08月25日

そこここにある「ズレ」

昨日はこの夏の総決算というと大げさだが、山に行ったムービーを
DVDに焼き、全てのお客さんに手紙を添えて郵送したりお届けした。

市内のMさん宅、某学校の北隣と聞いていた。とても分かりやすい
ところに表札を見つけたが、玄関が閉まっていたのでポストに入れた。
分かりやす過ぎたのが気になって辺りを一回りすると、また同姓の
表札が。慌てて戻って回収し、インターホンを鳴らすと返事があった。
時代も変わり、高山も玄関に鍵を掛けるところが増えたようだ。

聞くとやはり別人のようで、弟宅が近くにあると言う。やっぱりさっきの
ところだ。その家を訪ねると、ご本人が笑顔で出てこられた。
良かったよかった。遅くなったお詫びをしてご笑覧下さいとお渡しできた。

もう一軒は留守のようでポストにねじ込んだ。昨日の夜はお孫さんの
沢遊びを、目を細めてご覧になっただろうか。想像するだけで楽しくなる。

それにしても一人ひとりに手紙を書くというのは、結構疲れるものだ。
字が下手だから余計なのは分かっているが、思いを伝えようとする
気持ちにはエネルギーが伴うのだろう。「字を書くこと」そのものに。

僕の父親は、それは達筆だった。おふくろからは手紙を、親父からは
ハガキをよくもらったが、親父の字が読めなくてほったらかしにした事も
あった。「上手くて読めないより下手でも読めた方が」との言い訳は
そんなところから生まれているのだが、親父の気持ちを見失ったような
後悔は、今もある。手紙を書きながら、そんなことまで思い出した。

夜、バスで帰って来た息子を迎えに出掛けた。向こうが車に気付いて
くれたが、近づく息子がなかなか分からなかった。「曖昧な記憶」が
人を判別する大きな要因だと言うが、歩き方が違って見えたのは何だろう。

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Posted by ラテルネ瀧根 at 07:12│Comments(0)
 
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