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2014年12月16日

御嶽、生還の記録⑨

ある程度の危険予知が出来たとしてもやはり、何が起こるか解らない
のが自然。自然は老若男女関係なく、誰に対しても平等である。個々
がどのように向き合い、関わるのかが重要ではないかと思う。

私自身、装備の進化、バス、ロープウェイ、山小屋などの交通、設備
の充実、ネット、雑誌からの情報の気軽さから山を身近に感じ過ぎて
いたと思う。まさか山が牙をむくなど考えもしていなかった。山は昔も
今も変わっていないはず。関わる人間側が大きく変わってしまったの
ではないか?そう思わずにはいられない。

生かされた自分には何が出来るだろう。私はきっとガイドが出来るう
ちはガイドをさせてもらうだろう。自然の素晴らしさと同時に恐ろしさを
伝えなければと思っている。

生きてもなお、無力感、罪悪感、恐怖感に苦しんでいる方々もいる。
生き残った事を悔やむなんて悲し過ぎる。あの時誰もが無力だった。
自分の事で精一杯だった。それでいいと思う。心の傷は時間が解決
してくれればと願つている。

あの日、御嶽山は突然牙をむき、恐ろし過ぎた。まるで自らの意思を
持った生き物のようにとんでもないパワーとエネルギーを見せつけた。
一瞬にして登山者を恐怖のどん底に落とし込み、多くの方の命すら
奪った。それでも私は山をキライにはなれない。どうやって共存し、向
き合って行くべきか、今深く考えたい。(以上)

この記録は、最後に過酷な状況の中懸命に不明者の捜索活動を行
なわれた関係者への感謝と、亡くなられた方々への哀悼の言葉で締
めくくられています。

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Posted by ラテルネ瀧根 at 06:19│Comments(1)
この記事へのコメント
牙を向いたと考えること自体がおかしいかと。何が起こるのか解らないのが自然と書いてある通り、山は別に牙を向く気なんてさらさらなく、ただ噴火しただけのことですよね。
Posted by 123 at 2014年12月22日 01:09
 
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