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2011年06月04日

アンナプルナへの挑戦 ~2000年と2004年の経験~

人類が始めて登頂した8,000m峰としてあまりに有名な
アンナプルナⅠ峰(8091m)。

2000年、愛知県山岳連盟はその北面からの登頂を目指して
石川隊長以下10名からなる登山隊を派遣しました。

しかし隊員のほとんどが初めてのヒマラヤ登山でもあり、
BCに入った時にはほぼ全員が風邪をひいているといった
最悪の状態でした。

風邪をひいていると高度順化ができず、
これは最後の最後まで影響しました。

加えて爆風雪崩によるC2 の崩壊と
シェルパの命令指揮系統の瓦解。
隊は6,400mを最高到達点として敗退を余儀なくされたのです。

その中で再挑戦を狙ったのが当時登攀隊長の私と
食料担当の佐藤でした。

我々は2004年の実現を目指して計画を進めたのですが、
1年前になって私が断念せざるを得ない状況に。
そのため、代わりに声を掛けたのが
当時日本No1のヒマラヤニスト・群馬の名塚氏でした。

彼は過去に南壁からの登頂を逸した経験もあって
急遽参加してくれる事になり、
逆にグッとその登頂確立も高める事ができたのです。

そして私の所属する千種アルパインクラブから西村、
佐藤の春日井山岳会から山本を加えた4名のチームが
予定通りアンナプルナを目指しました。

しかし2004年10月10日、
6,600m付近の先頭を進んでいた名塚さんと
3番手を進んでいた佐藤が雪崩の直撃を受け死亡。

我々のショックはもとより
群馬のエースの死は日本の山岳界にも
大きな衝撃を与えたのでした。

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Posted by ラテルネ瀧根 at 06:36│Comments(0)ヒマラヤ
 
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