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2013年04月28日
K2 ⑥徳島先生
観念的になるが、K2では時々徳島さんの存在を感じた。
C2からC3への途中に「とさか尾根」というところがある。
そこへ出ると展望が開けるところなのだが、そこでは良く話をした。
ヒマラヤでは、なぜか「他」の存在を感じるという話を聞くが
それはちっとも気持ち悪い類のものではなくて
むしろそれが当たり前のような、不思議な感じだった。
それは自分を見つめながらシチュエーションに応じてその思い、
その気持ちを投影しただけの事かもしれない。
でも僕は、徳島さんは僕らと一緒に登り、ピークを踏んだと思っている。
その徳島さんから「パキスタンへの到着が遅れても構わないから
足のボルトを外すなどし、気兼ねなくベストの形で出発して欲しい」
とのFAXを頂いたのは5月2日の夜。その末尾には
「かみさんサービスで前穂北尾根に行ってきます」とあった。
それまで、隊の業務についてどれだけFAXをもらったか分からないが
それは初めてワープロで打たれたものだった。
そしてその先生の不慮の死を知ったのは、一人富士トレーニングを終え
ラジオをつけた時のこと。全身に悪寒が走り、夢中で名古屋へ戻った。
最後まで僕の足を心配して下さった先生。
まさか膝下程度の雪崩で亡くなるとは・・・。
葬儀には、本当に多くの教え子が参列。その人柄が忍ばれた。
僕より6歳年上の、暖かい兄貴のような人だった。
そして急遽開いた隊員会議で遠征の中止を含めて検討。
全員がEXPの続行・実現を訴え、意思一致の場となったのだった。
C2からC3への途中に「とさか尾根」というところがある。
そこへ出ると展望が開けるところなのだが、そこでは良く話をした。
ヒマラヤでは、なぜか「他」の存在を感じるという話を聞くが
それはちっとも気持ち悪い類のものではなくて
むしろそれが当たり前のような、不思議な感じだった。
それは自分を見つめながらシチュエーションに応じてその思い、
その気持ちを投影しただけの事かもしれない。
でも僕は、徳島さんは僕らと一緒に登り、ピークを踏んだと思っている。
その徳島さんから「パキスタンへの到着が遅れても構わないから
足のボルトを外すなどし、気兼ねなくベストの形で出発して欲しい」
とのFAXを頂いたのは5月2日の夜。その末尾には
「かみさんサービスで前穂北尾根に行ってきます」とあった。
それまで、隊の業務についてどれだけFAXをもらったか分からないが
それは初めてワープロで打たれたものだった。
そしてその先生の不慮の死を知ったのは、一人富士トレーニングを終え
ラジオをつけた時のこと。全身に悪寒が走り、夢中で名古屋へ戻った。
最後まで僕の足を心配して下さった先生。
まさか膝下程度の雪崩で亡くなるとは・・・。
葬儀には、本当に多くの教え子が参列。その人柄が忍ばれた。
僕より6歳年上の、暖かい兄貴のような人だった。
そして急遽開いた隊員会議で遠征の中止を含めて検討。
全員がEXPの続行・実現を訴え、意思一致の場となったのだった。
〈バルトロ氷河からのK2〉
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Posted by ラテルネ瀧根 at 06:29│Comments(0)
│ヒマラヤ