ウエブはこちらへ!
http://laterne.web.fc2.com/
2013年05月25日
「人生には他のアンナプルナがある」(エルツォーク)
「それ」をやらない者がどれだけ考えても分からないものの一つが
「より困難な」ものを求める山登りである事は間違いない。
「何故」と聞かれてもちょっと答える気にはならないから、
マロリーの「そこに在るから」は最も簡潔明瞭で哲学的だ。
実は彼も返答に困っていて、ある時ひらめいたのではないか。
僕のそんな山は、とてもレベルの低いところで自己満足を
追求しているのに過ぎない。それでも振りかえってみれば、
30歳を過ぎてから始めた程度の山で、よくここまでやりたい事をやり、
またチャンスに恵まれたものだなあと思う。
「世界最悪の旅」の中に「探検とは知的好奇心の肉体的表現である。」
とある。僕の「可能性」の広がりも、そんな好奇心や情熱を持って
山に関するいろんな場所や機会に飛び込み、
そんな中で諸先輩に恵まれ可愛がっていただいた結果だと思う。
チャンスもそれを掴むのも、全て人との関係の中にあった。
それを内面的に可能たらしめたものは、あこがれであり感動だった。
奇しくも今回の隊長、石川さんと登ったマナスルが最後となった
故・小西政継氏。氏の“厳しいほど、また困難であるほど「ニャッ」とする”
といったいわゆる「小西イズム」はかっこ良かったし、
森田勝氏がグランドジョラスで見せた生還のための死闘は、
まさに男の生き様を感じさせた。
そういったものに価値観を見出した僕は、誰もが昔、侍に憧れて
棒っきれを脇に差したように、「それ」に近づいて行った。
これからの僕の「他のアンナプルナ」は、どんな脇差しなのだろうか。
「より困難な」ものを求める山登りである事は間違いない。
「何故」と聞かれてもちょっと答える気にはならないから、
マロリーの「そこに在るから」は最も簡潔明瞭で哲学的だ。
実は彼も返答に困っていて、ある時ひらめいたのではないか。
僕のそんな山は、とてもレベルの低いところで自己満足を
追求しているのに過ぎない。それでも振りかえってみれば、
30歳を過ぎてから始めた程度の山で、よくここまでやりたい事をやり、
またチャンスに恵まれたものだなあと思う。
「世界最悪の旅」の中に「探検とは知的好奇心の肉体的表現である。」
とある。僕の「可能性」の広がりも、そんな好奇心や情熱を持って
山に関するいろんな場所や機会に飛び込み、
そんな中で諸先輩に恵まれ可愛がっていただいた結果だと思う。
チャンスもそれを掴むのも、全て人との関係の中にあった。
それを内面的に可能たらしめたものは、あこがれであり感動だった。
奇しくも今回の隊長、石川さんと登ったマナスルが最後となった
故・小西政継氏。氏の“厳しいほど、また困難であるほど「ニャッ」とする”
といったいわゆる「小西イズム」はかっこ良かったし、
森田勝氏がグランドジョラスで見せた生還のための死闘は、
まさに男の生き様を感じさせた。
そういったものに価値観を見出した僕は、誰もが昔、侍に憧れて
棒っきれを脇に差したように、「それ」に近づいて行った。
これからの僕の「他のアンナプルナ」は、どんな脇差しなのだろうか。
Posted by ラテルネ瀧根 at 05:46│Comments(0)
│ヒマラヤ